7年前の思い出~原発の是非を問う東京都民投票、さよなら原発板橋ウォーク参加~

2012年の今日。     
震災翌年。
原発事故から1年。
7年前のこの日は、
「さようなら原発板橋ウォーク」に参加しました。
2月に体調を崩して、やっと長距離歩けるようになったのでした。
記憶が蘇ってきます。

議員1年目の12月から、
原発の是非を問う都民投票の実現に向けて
私は毎日路上に立って、
たくさんの市民の仲間と署名集めをしていました。
午前中はハッピーロード大山、午後は高島平のスーパー前とか、
一日中寒風吹きすさぶ中、署名を呼びかけ立っていました。
先日の集会でスピーチをしてくださった
井筒高雄さんもこの時からのご縁です。
ここで、たくさんの意志ある市民とご縁が結ばれました。
今、私を支え続けて下さっているMさんも、ここからです。
そして、板橋で約12000名の署名を集めました。

福島から避難していた方にもたくさん声をかけて頂き
お話も伺いました。
人権が踏みにじられていることを痛感しました。
そして 原発NO!も改めて思いました。

そして、2月になり署名集めの期間を終え、
私は高熱を出し、脱水症状でふらふらになり夜間診療に。
お医者さんには症状が酷くて救急車でも良かったのにと言われ、
点滴を2本して、とりあえず自宅へ。
酷いマイコプラズマ肺炎でした。
そして、それ以上に百日咳のウイルスがたくさんだったと
お医者さんが呆れたように後で教えてくれました。
どこでもらってきたの?って。
区内あちこちに毎日自転車で移動しては署名集めに走り回って、
それだけ体力が落ちていたようです。

2月末の補正予算総括質問は、電話で質問取りをして、本番に臨みました。
一人会派で6分の持ち時間だったからできたことだったと思います。

その後も、体力がすぐには戻らずにいた中で、
7年前の今日、集会に参加して声をあげて歩いていたのでした。

私にはたくさんの仲間がいることを改めて思う1枚です。