月刊「社会民主」2月号の巻頭コラムを書きました。
昨年末からあれこれ考えていたのですが、
年が明けてすぐのアメリカトランプ大統領のベネズエラ侵攻や
高市総理が衆議院を解散して選挙をするのではという報道がでたり
青森などでの進度6強の地震など、落ち着かない日々が続きました。
結局、入稿したのは、選挙に踏み切るという報道の前日でした。
その日程も考慮しつつお読みいただけましたら幸いです。
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「日に日に世界が悪くなる」
そこに描かれていたのは、均整の取れた美しい少年の裸像だった。
この少年たちが戦地に送られ、飢餓状態の中でやせ細って餓死するのだ。
片道の燃料しか積まず特攻隊となって散っていったのか。
この絵の美しい姿と戦争の現実のギャップは、あまりに大きすぎ、言葉を失った。
この絵は、板橋区立美術館に展示されていた大沢昌助氏の「湖畔の少年(水浴)」1941年の作品である。
戦後80周年に際し、1月12日まで「戦争と子どもたち」展を開催していた中の1枚である。
戦争中の子どもたちの絵を見ながら、このような思いを再び子どもたちに味わわせるようなことがあってはならないと、
深く強く心の中に刻み込まれた。
もう30年ほど前になる。
私の妊娠はまさに「自分の命を削る」ようなものだった。
妊娠がわかる前からつわりが始まり、食事どころか水も飲めない。
日本にいて飢餓状態と言われ、その後はお腹が張り切迫早産。
逆子で羊水も少なく、30週の検診でそのまま入院。
毎日点滴の針を差し替える必要に迫られ、約8週間それが続いた。
手の甲には未だに針の痕が残る。
とにかく1日でも長くお腹の中で育てる、そのためにベッド上安静の日々を過ごし、
少しずつ目標を伸ばし38週で帝王切開。
人を殺すため、そして人に殺されるためにこの世に生み出したわけではない。
法によって治められ平和な社会が当たり前に続くと思っていた。
ところがどうだろう。
日本はどんどん戦える国へと向かっている。
安保法制改悪の時のあの口惜しさは今も忘れられない。
高市内閣となり、さらに加速化。台湾有事発言からの中国との情勢悪化、
レアアースなどの経済的な打撃にも高市総理は謝罪も発言撤回もないまま年を越した。
そして、アメリカ大統領トランプ氏による法の秩序の破壊。
ベネズエラに対しての攻撃、国際的機関66組織からの離脱。
まさに「自分が法だ」という命より経済優先の帝国主義としか思えない。
小野寺五典安全保障調査会長らのイスラエル訪問。
ガザの子どもたちを殺したその手と握手するのか。
ガザ攻撃開始後にイスラエル製武器を日本政府が241億円分購入とも判明。
命より経済を優先することが何を意味しているのか、あまりの愛のない政治に恐ろしくなる。
朝ドラ「ばけばけ」の主題歌の「日に日に世界が悪くなる 気のせいかそうじゃない」というフレーズを聞きながら、
これが今現実に起きていることに恐ろしさを感じる。
「戦争が廊下の奥に立っていた」(渡辺白泉)
「新たな戦前の始まり」(タモリ)の言葉がいよいよ身近になっていることを「気のせい」とは言えない。
誰かが何とかしてくれる、誰かにお任せ、などありえない。
私たち一人一人が自分事として「平和」を思い求めることを、
自分の立ち位置で、自分のすぐ周りから、それぞれの形で始めなければ、と思う。
あなたは、守りたいものがありますか?
社民党は今こそ踏ん張り、存在を示す時だと思う。

